2005年10月29日

イン・ザ・カット #460

2003年 アメリカ 119分

メグライアン映画は「めぐりあえたら」「ユーガットメール」と見てきたあとでこれを見るとやっぱり衝撃的。暗〜い雰囲気で、冒頭からエッチなスラング爆発。オールヌードのベッドシーンもあって、これまでとは全く違った印象。

で、メグライアンの役は両親の不信感から過去に傷を持ち、心を閉ざして詩や言葉を集めるのに熱中している大学講師。ある日たまたま猟奇殺人の犯人らしき人物の手のタトゥーを目撃したことから刑事が寄ってくる。この刑事の腕にそのタトゥーがあったことから、刑事が犯人ではないかと疑心暗鬼に陥る中、彼との性愛に堕ちていってしまう。

ま、メグライアンじゃなくっても・・と言ってしまえばそれまでなんだけど、アメリカ映画ってこういう暗い雰囲気のサスペンス好きですよね。ニコラスケイジの8mmとか、サンドラ・ブロックの完全犯罪クラブ #257とか。ある意味こういうサスペンスものができてナンボ、というステータスなのかもしれない。

この雰囲気は嫌いじゃないんだけど、提起されている「女性の問題」にはあまり気付かなかったのは野暮な男の証明でしょうか?!

しれっとケビン・ベーコンも出てた。友情出演?なんでまたちょい役に??

posted by 映画のせかいマスター at 08:36| Comment(2) | TrackBack(3) | あ行の映画(43)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月26日

生きる #459

1952年 日本 143分 黒澤明監督

30年間市役所で可もなく不可もなく過ごしてきた市民課長。真面目だが仕事に情熱を燃やしているわけではないこの姿を冒頭のナレーターは「生きていない」とばっさり切り捨てる。こんな人そこら辺にいくらでもいそうである。ある日胃癌が見つかってしまい、それまでの人生を顧みることになるのだが、この生き方考え方は50年経っても全く色褪せていない。同じ環境になったら私も同じことをするんじゃないか、と思う。いや、もしかしたら今生きていることは既にこの映画の主人公のようなものなのかもしれないとさえ思う。自棄になったら飲みに行き、ふと落ち着いたら社会的な意義を考える。余命は(たぶん?)まだあるけれど、そういうことを繰り返しながら良かったり悪かったりして生きているような気がする。

この映画の主人公はそのことに気が付いたが、全然気付かない人たちもいる。後半はそういう人たちがうじゃうじゃと皮肉っぽく描かれている。でも誰も彼らを責めることはできないだろう。自分の中の「ある面」をクローズアップされただけであるから。それでいてやっぱり「生きる」意味を見出そうとしている多くの人たちが存在するわけだし、見つけることができたりできなかったりするんだけど、他人の見つけたそれを一つの映画として見ることができるのはやっぱり自分にとって良いことなんだと思った。

普遍的なテーマを、今見れば地味とも取れるかもしれないが、じっくりと映し出す映画。ハリウッドリメイクも決まったようだ。

posted by 映画のせかいマスター at 15:36| Comment(4) | TrackBack(2) | あ行の映画(43)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月25日

影武者 #458

1980年 日本 179分

フランシス・F・コッポラやジョージ・ルーカスも製作に参加した黒澤明監督の後期の作品。カンヌ映画祭でグランプリを受賞。三船敏郎が離れ、当初主役を予定していた勝新太郎とも揉めて結局仲代達也主演に。

冒頭の引いたカメラで処刑される予定の盗人が武田信玄に似ていたことから何かに使えそうだという話から始まる。後日銃弾に倒れた信玄の意思を汲み、死去の知らせは3年は封印することに。信玄の密葬が信長側の侍にバレバレなのを見かねた盗人は自ら影武者を志願することになる。敵を欺くには味方から、幾多の目をかいくぐってだんだんと本物のように振舞い、信玄に近づいていく。

やっぱり偽者であるという悩みの盗人の夢のシーンは、のちの「夢」を髣髴させるつくりで、怪しげな世界が展開されている。一方、合戦シーンや凄い数の兵士たちの迫力は相変わらずものすごい。

けれど全体を通してみるとなんとなく消化不良。それはやっぱり絶対的な存在がないことじゃなかろうか。これまでの黒澤映画で三船敏郎がやってたような決して負けない強者をつい探してしまうんだけど、今回の仲代達也はあくまでも影武者、部下の大滝秀治なんかにも邪険に扱われてしまう。本当に天下を取ったような動きが少なくてもっと見せて欲しかった!もしかして勝新さんの降板もそこへんかな??繊細な部分ではなく豪快な部分をクローズアップした方が好きなんだけど。

往年の黒澤映画のキャストたちも大挙出演しているが、顔のアップが少なく、誰が誰だかわかるのは萩原健一くらいでなのがやや残念。特に山崎努。仲代と顔似すぎ。

posted by 映画のせかいマスター at 07:59| Comment(2) | TrackBack(0) | か行の映画(33)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

セーラー服と機関銃 #457

1981年 日本 112分

角川映画の最高峰なんじゃないかと今でも思っている映画。なんと言っても当時絶好調(未だに多作なのは凄い)の赤川次郎原作、大ブレイクした薬師丸ひろ子主演の相米慎二監督作品である。

オープニングで死す組長はややコメディチックで、相続することになる一人娘の登場はなぜか校庭でブリッジしてる。(このシーン、ちょっと流行った)高校の友人は柳沢慎吾。この人青春ドラマの「決して恋人にはなれない男友達」が良く似合う。重いヤクザ映画とコメディ映画が一進一退しながら進んでいく独特の世界を構成してる。

薬師丸ひろ子の役はあくまでも女子高生の少女役。前半はフツーの日常生活、高校で絵を描いたり、部屋で風呂上りで寛いだり。ヤクザの世界に触れてだんだんと大人びていく。「カスバの女」を歌うところはグッときます。でも、少女から大人へ、という成長物語のようで、あくまでもやっぱりこの映画の中の彼女は最後の台詞にも象徴されるように最後まで少女だ。有名な機関銃をぶっ放して「カイカン」と呟くシーン。今見てもあの流れでなぜカイカンなのか「??」なんだけれども。それからラストの赤いハイヒールで街中でバンバンバンと子ども相手にピストルを撃つ真似。強調した「処女性」、その演出は現在も私の目に焼きついている。

そんで、テーマ曲がまたいいんです。来生たかおがセルフカバーした「夢の途中」とベストテンで2曲ラインナップされてりしてました。私はこの頃の角川薬師丸映画を見たらどの映画でもこの歌が脳内で流れてきますから(笑)

薬師丸の相手役が渡瀬恒彦だったことは実はすっかり忘れていたのだが、前述の柳沢慎吾の他にも豪華キャストがずらり。敵の組長はすっかり悪人顔になった佐藤允。独立愚連隊の頃の面影はいずこ??薬師丸をクレーンで吊り下げてセメントに漬けるという悪行三昧。「太っちょ」は三国連太郎。裏でヤクザとつるんでいる刑事に柄本明。藤原釜足、円広志なんかも出ている。

で、最後に一番最初の文章を覆してしまうんだけど、ずっと名作だと信じてきたが粗も多い。目の前で組員を殺されたら、女子高生の狼狽はあんなもんじゃなかろう、とか、そもそもがありえない設定だとか。でもでも、そこがこの映画の魅力でもあるわけで、すべてを許せる薬師丸ひろ子だったりするわけであります。

posted by 映画のせかいマスター at 07:29| Comment(6) | TrackBack(4) | さ行の映画(54)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

ユー・ガット・メール #456

1998年 アメリカ 119分

早いものでこの映画の公開から 年も経つんだなー。ネットやメールが普及し始めた頃で、今みたいに出会いサイトの氾濫とかじゃなくって、文通のノリだったと記憶している。なんだか書いていることが、おいちゃんっポイ。メールを推敲してるときとか、メールが来るのを待つときとか、「そうそう、あるある!」って感じで、今でも古い感じはあまりないから、当時としては何人もの共感を得てたんでしょうね。

古くからある街角の本屋、子どもに読み聞かせたり本を通じてふれあいや子育て支援をしている。そのすぐ近くに大型のブックセンターが建設。大幅ディスカウントでガンガン売っちゃってる。その経営者同士が顔合わせ。状況的にも犬猿の中にならざるを得ないが・・。

トムハンクスとメグライアンが「めぐりあえたら」に続いて共演。監督も同じノーラ・エフロン監督。なんとなく観る前からハズレないことが保障されてるような映画。

登場人物の設定のリアリティは別として、すべてを封じ込めてしまうあのラストはステキですね。結末はわかっていてもジーンときてしまいます。

posted by 映画のせかいマスター at 08:22| Comment(2) | TrackBack(2) | や行映画(9)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

デイ・アフター・トゥモロー #455

2004年 アメリカ 124分

楽観主義者と悲観主義者がいる。物事はその2つの面から捉えられるが、こと自然破壊に関しては楽観主義者も、いい加減やばいんじゃないかと思うフシがありそうだ。この映画は地球温暖化が深刻化し、異常気象に見舞われ終いには氷河期になってしまうという話。環境を大事に、と常々活動をされてある方は、何度も何度も繰り返し見ては、思いを強くするだろう。彼らに勧められて見てみた楽観主義者は、まさかこんなことは起こるまいと一笑に付してオワリ、・・かもしれない。確かにそりゃーないでしょ、というシーンもあるし、パニック映画なんでドラマを交えた展開は問題点を曖昧にしているかもしれない。しかし、起こりえない話ではない。楽観主義の私にも環境を考えなければ!と思わせるに十分である。で、この映画を見たから次の日から何かできることは・・と言えば、ほんの小さなことでしかない。そう、「みんなでこの映画を見ようよ」とブログに書くことくらいかな。


posted by 映画のせかいマスター at 06:21| Comment(4) | TrackBack(5) | た行映画(49)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

ペテン師とサギ師 だまされてリビエラ #454

1988年 アメリカ 

ここでは初めてのレビューになるけど、スティーブ・マーティンの映画は15年ほど前、観まくった。「大災難」「サボテン・ブラザース」「2つの頭脳を持つ男」・・etc ジム・キャリーもそうだけど、ベタなギャグの人って結構好きだ。

「ペテン師とサギ師」では、マイケル・ケインと詐欺対決をするのだが、SマーティンはMケインがリビエラきっての大物サギ師であるのに対し、小銭を稼ぐペテン師だ。(ん?ペテン師とサギ師ってどう違うんだろう??)

当然ベタベタな手法を使いまくりーである。足の感覚がなくなってしまったと車椅子で出てきて、天才医師に成りすましたMケインが金槌で思いっきり叩いても痛くない感じない・・ことにしなければならない。

所詮地元警察署長も巻き込んだスマートなサギ師のMケインの敵ではないのだが、大物サギ師の「ジャッカル」だと勘違いしたことから両者の対決は度を増していく・・。獲物を奪い合ったその果てに爆笑のラストが待っている。お洒落・・まではいかないかもしれないけど最後はスッキリ。


posted by 映画のせかいマスター at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | は行映画(37)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月09日

男はつらいよ 寅次郎恋やつれ(男はつらいよ13) #453

1974年8月 日本 104分

オープニングの夢はおいちゃんとおばちゃんの墓。よくおいちゃんは夢の中で死んでる。

今回の寅さんは一味違う。とらやに戻って結婚話を切り出す。さくらと社長と3人で相手(高田敏江)に挨拶に向かうが、丁度蒸発していた旦那が戻る報せを聞く。社長と飲み明かした明くる日、置手紙を置いて旅に出る。

旅先の津和野で偶然会ったのは、第9作のマドンナ歌子(吉永小百合)陶芸家と結婚し幸せだったと思っていた彼女、なんと旦那が病死し、姑らとつらい生活を送っていた。歌子の身を心配した寅はすっかりやつれて柴又に帰る。

またいつもの喧嘩が始まり、旅に出ようとしていたところに歌子がやってきて、とらやの2階に下宿することに。寅は世話を焼いて、歌子の父(宮口精二)のところにまで行ってしまう。お偉い父親と直談判するのは8作目の志村喬に続いてのシーンだが、名優を相手にいつもの調子で立ち向かう渥美清の姿はいつまでも記憶に残る顔合わせです。

さて、別れも必ずやって来る。ずっと歌子に2階にいて欲しい寅だったが、自立を目指して歌子は大島で障害者支援へ旅立っていく。遠くで打ち上げられる花火を見ながら笑顔で見送るしかない寅次郎であった。

今回の泣き所
・宮口精二演じる父親が、とらやで吉永小百合に語るシーン。タバコをすいながらゆっくりと話す。特に感激する台詞ではないのだが、どんな感動的な台詞よりも重みがあって思いやりを感じさせる。当時は(今も?)こういう父親が多かったのだろう。

・とらやで幸せについて語り合うシーン。お金があれば幸せなのか?いつもおばちゃんは庶民的な考えで率直に意見を言い、博はちょっと違った視点から疑問を投げかける。寅やタコ社長がもみくちゃにして議論は終わるので、結論は多分わざと出さないようにしているんだと思うけど、笑える中になにかを考えさせるシーン。今回は手紙の中で歌子がそこを振り返り、現在の自分とフラッシュバックさせている。



posted by 映画のせかいマスター at 07:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 男はつらいよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月08日

不定期更新のお知らせ

いつの間にか、更新の間が空いてしまいました。1年強、毎日更新してきましたが、さすがに力尽きたようです。ブログって、一度離れたらあっという間ですね。
今後は無理なく不定期、最低でも週刊で更新を目指していきたいと思います。
楽しみにしていらっしゃる方(がいるかどうかわかりませんが^^;)、申し訳ありません。
コメントやトラックバックのお返しも遅くなっております。失礼しました。
posted by 映画のせかいマスター at 07:12| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

男はつらいよ 私の寅さん(男はつらいよ12)#452

1973年12月 日本 107分

夢は極悪商人にいじめられるさくらを颯爽と駆けつけた寅が助けるお決まりパターン。タコ社長が夢の中にも登場。今度は汽車じゃなくて船の中で目が覚める。

とらやではさくら達がおいちゃんらを九州旅行をプレゼント。おみくじが凶だったとさえないおいちゃんは、こういうときに限って帰ってくるんだよ、と嘆く。そして寅帰宅。旅行の事を言い出せないが出発の日はやってくる。仲間はずれにされたと予想通り落胆する寅。いつもならここで喧嘩して旅に出るところだが、今回は旅に出るのはとらやの面々、寅は留守番する破目に。

一行が向かうのは九州。別府の高崎山なんて、当時は新婚旅行のメッカ。登り階段の脇には出店が並んでる。今では考えられない盛況ぶり!阿蘇や雲仙をまわり楽しい旅行が続くが、夜の電話が悩みの種。留守番の寅は置いていかれて淋しさ満開!電話で激突し後半は気になって旅行に集中できなくなってしまう。

さて柴又。江戸川でさくらを付けて来た怪しい男は寅の幼馴染のデベソ(前田武彦)売れないTVディレクターで寅のような毎日を送っている。再会し酌を酌み交わす二人は画家の妹の家へ。そこで昔話に花を添えているうちにうっかり絵を汚してしまう。帰ってきた今回のマドンナりつ子(岸恵子)とひと騒動。怒りに震える寅であったが、後日花を持って誤りに来たりつ子につい心を許してしまう。

恋のライバルと勘違いした画商(津川雅彦)とのエピソードを交えながら、寅の想いは加熱していくが、今回は絵に真剣に取り組んでいるマドンナに真っ向から振られてしまうのであった。

今回の笑いどころ
・高崎山のはぐれ猿を見て、一行が寅を思い出す。カメラ一転、とらやの裏庭で寅。社長らの視点でまるで猿のように映してる。
・岸恵子が寅さんは私のパトロンね。なんて言ってる。時代の流行なのかもしれないが、流石に「さよなら〜私のパトロン!」なんて大声で挨拶しないと思うが・・・。

寅さんトリビア
・デベソと中学校の思い出を語り合うシーン。音楽の先生がキリギリスみたいで、「柱の傷はキリギリス〜」と歌ってからかう。寅の幼少の知人は10作目のお千代さんに続き2人目だけど、小さい頃から変わってないという「寅次郎」の姿を表すエピソードである。

posted by 映画のせかいマスター at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 男はつらいよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする