2005年10月26日

生きる #459

1952年 日本 143分 黒澤明監督

30年間市役所で可もなく不可もなく過ごしてきた市民課長。真面目だが仕事に情熱を燃やしているわけではないこの姿を冒頭のナレーターは「生きていない」とばっさり切り捨てる。こんな人そこら辺にいくらでもいそうである。ある日胃癌が見つかってしまい、それまでの人生を顧みることになるのだが、この生き方考え方は50年経っても全く色褪せていない。同じ環境になったら私も同じことをするんじゃないか、と思う。いや、もしかしたら今生きていることは既にこの映画の主人公のようなものなのかもしれないとさえ思う。自棄になったら飲みに行き、ふと落ち着いたら社会的な意義を考える。余命は(たぶん?)まだあるけれど、そういうことを繰り返しながら良かったり悪かったりして生きているような気がする。

この映画の主人公はそのことに気が付いたが、全然気付かない人たちもいる。後半はそういう人たちがうじゃうじゃと皮肉っぽく描かれている。でも誰も彼らを責めることはできないだろう。自分の中の「ある面」をクローズアップされただけであるから。それでいてやっぱり「生きる」意味を見出そうとしている多くの人たちが存在するわけだし、見つけることができたりできなかったりするんだけど、他人の見つけたそれを一つの映画として見ることができるのはやっぱり自分にとって良いことなんだと思った。

普遍的なテーマを、今見れば地味とも取れるかもしれないが、じっくりと映し出す映画。ハリウッドリメイクも決まったようだ。

posted by 映画のせかいマスター at 15:36| Comment(4) | TrackBack(2) | あ行の映画(43)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする