2006年12月03日

ドッペルゲンガー #692

2002年 日本 102分

この映画の感想を書くとき、オチもつまらなかった、駄作!と書くのはなんだか、人間性が薄いと思われやしないかとちょっと不安になる。その不安を乗り越えてダメだ、つまらん、と書く私、それはおそらく私のドッペルゲンガーの仕業であって私ではない。なんちゃって。

テーマはいいと思うので、面白いところに目をつけたな、ってのはある。がしかし、見終わってこけちゃった部分も多い。

あれだけ完全にドッペルゲンガーが出てきちゃうと最初のちらりと出てたのは何なんだ、という気もするし(死ななくてもいいのかなとかね)、途中からコメディっぽい展開になったのも首をかしげる。

自分の抑えておきたい部分が勝手に動き出し、別の自分となって自分の前に現れる。強気の方の役所広司と普通のほうの役所広司、使い分けに違和感無く見れるところは流石 役所広司だ。そして分身のほうの自分がいつの間にか自分らしくなってしまって・・という変換。うまいと言えばうまいのだが、評価は分かれる作品では。

ちなみにドッペルゲンガー(Doppelga"nger)は、ドイツ語で、生きている人間の霊的な生き写しを意味する。その存在は、自分と瓜二つではあるが、邪悪なものだという意味を含んでいる。また、自分の姿を第三者が見たように見えてしまう現象のことを言うときにも使われる。自ら自分の「ドッペルゲンガー」現象を体験した場合には、「その者の寿命が尽きる寸前の証」という民間伝承もあり、未確認ながら、数例あったということで、過去には恐れられていた現象でもある。(ウィキペディアより)


posted by 映画のせかいマスター at 06:51| Comment(0) | TrackBack(0) | た行映画(49)+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする